Column 02 — Field Note
空き家の街に、
若者が集まっていた。
7月9日、香川県三豊市に行ってきました。視察して、地元の事業主さんたちと交流して、夜まで一緒に過ごして。そこで見たものと、帰りのタクシーで聞いた15分の話。どちらも自分の中に残しておきたくて、視察記として書きます。
01空き家の街、三豊
三豊市は、空き家問題がめちゃくちゃ多い地域です。高齢化も進んでいて、どこの地方にもあるような課題に、完全に直面しているエリア。調べてもらえれば分かりますが、条件だけ見れば「よくある地方の街」です。
でも、行って驚きました。めちゃくちゃ若者が集まっているんです。それも観光ではなくて。
02東京から来た、6人の代表取締役
出身が東京の子もいれば、慶應・早稲田・東大クラスの大学にしっかり進学して、いい会社に就職して、そこから独立してこのエリアに移住してきている20代。僕が会っただけでも6人いました。
しかも全員、転職してきたわけじゃない。自分が代表取締役で、事業をやっているんです。
何をやっているかというと、空き家の問題解決。人口減少への問題解決。労働力が足りないことへの問題解決。飲食店がない、交通の便が悪い — そういう街の課題ひとつひとつを、自分の事業にしてやっているんですね。
03空き家ストリート
すごいのは移住者だけじゃありません。もともと地元にいる20代、30代、40代も自分で事業をやっている。空き家でアパレルショップをやったり、飲食店をやったり。実際に入ったお店もそんな感じのところばかりで、おいしいお酒のお店、焼き鳥屋、バー、カフェ。
「空き家ストリート」と呼ばれる通りがあって、そこにみんなが入って、ストリート一面が若者の集まるめちゃくちゃおしゃれな一本道になっているんです。
空き家に入れば盛り上がる。若者が集まってくる。その仕組みを、この街は作りきっていました。
04仕掛けているのは、民間
これを仕掛けているのは、完全に民間の会社です。その会社が発起になって、首都圏で大活躍しているような超エリートの起業家やビジネスマンを巻き込んでいる。実際、上場企業の取締役や幹部、連続起業家クラスの方々が、この街に移住してきているんです。
そこで起きているのが、マッチングです。40代、50代、60代の「もう完全に成功した」人たちと、20代の、学歴も地頭もあっていまから煮えたぎっている子たち。投資をするわけじゃないんだけど、ビジネスの壁打ちをしてあげたり、人と人をつないであげたり。そうやってビジネスが前に進んでいる。
正直、大学生の地方創生とか社会課題って、流行りの課題だと思うし、絵に描いた餅で終わることが多い気がしていました。本当に移住するやつなんていないだろう、と。それが本当に巻き起こっていた。だから驚いたんです。
05家賃0円と、毎日3時間の農業
紹介しきれないくらい面白い事業がある中で、ひとつだけ。ベーシックインカムならぬ「ベーシックインフラ」のような仕組みがありました。
労働力が足りない農家さんの仕事を毎日3時間だけ手伝えば、家賃がタダになる。チャレンジしたい若者はここに来て、家賃0円で暮らしながら、残りの時間でバイトをしたり、起業したり、趣味を楽しんだり。人生のチャレンジができる。
この仕組みで、どんどん若者が来ている。それを目の当たりにしました。
06「関わるだけ」では、街は変わらない
空き家がどんどん活用されて、新しい飲食店のストリートができて、街の活性化が起きている。「この街面白い」と移住してくる子が増えて、成功したビジネスマンや起業家も移住してきて、どんどん面白い街になっている。それを肌で感じました。
地方創生は、住む人を増やさないと始まらない。
都会から「関わりだけ持つよ」というレベルでは、やっぱり難しい。それがこの視察のいちばん大きな気づきでした。
07帰りのタクシーで
ここまでが昼の話。ここからは、帰り道の話です。ホテルまで15分、タクシーに乗りました。その運転手さんとの会話が、自分の中ですごく気づきになったので、これもシェアさせてください。
運転手さんは三豊出身。大学のタイミングで大阪に出て、40年以上、ひとつの会社に勤め上げた方でした。それがなぜ三豊に戻ってきたのか。
「じゃんけんで負けたから、俺は戻ってくるしかなかったんだ」
兄弟でじゃんけんをしたそうです。長男とか関係なく、じゃんけん。負けたから、大阪の家も手放して、子どもや孫は大阪に残したまま、自分だけ戻ってきた。
話を聞きながら、思わず言いました。そこまで戻ってくる必要、なかったんじゃないですか。お墓参りはすればいいけど、家自体は売ることも処分することもできますよね、と。
返ってきた答えはこうでした。親から引き継いできた家を、自分の代で壊すことも手放すこともできない。土地を守るということだから。だから帰ってこないといけなかったし、俺が死ぬまでは、この家を守らなきゃという責任感があるんだよね。
08売る・売らないの、あいだにあるもの
そうなんだ、と思いました。「活用できるなら売ればいいじゃん」「空き家の利活用で高く売れるなら売ればいいじゃん」— そういうレベルの流動性の話では、現実はないんだなと。
ただ、この運転手さんも、先祖にも、地域にも、周りにも顔向けできる形でこの土地がうまく活用されるなら — 「ここまでしなくていいよ」という状況になっていたなら — 大阪で子どもや孫と暮らす老後も、選択肢としてあったんだろうと思います。
今回この方が帰ってきたのは、60代後半で、90を超えた親の死や病気に直面したから。逆に言えば、70を過ぎるともう戻れなくて、空き家として放置されるケースがめちゃくちゃ散見されるわけです。そうなると街の魅力はキープしづらくなる。災害の問題もある。
昼に見た「空き家を活用しきる街」と、夜に聞いた「家を手放せない人」。この絶妙な部分にこそ、本当の課題があるんだと思います。抜本的な答えはまだ自分の中にありません。でも、この話は頭に入れておきたいし、いつでも引き出せるようにしておきたい。だから、記録として残しました。
この視察記の要点
- 空き家・高齢化の三豊市に、東京の20代起業家が移住してきている(会っただけで6人、全員が代表取締役)
- 街の課題(空き家・人口減・労働力・飲食・交通)そのものが事業になっている
- 空き家ストリート: 地元の若者も起業し、一本道がまるごと活性化
- 仕掛けは民間。成功した経営者の移住×若手の壁打ちというマッチングが機能
- 農業を毎日3時間手伝えば家賃0円 — チャレンジのハードルを下げるインフラ
- 地方創生は「住む人を増やす」ことからしか始まらない
- 一方で「親から継いだ家は自分の代で手放せない」という責任感が現実にある。売る・売らないの合理性だけでは空き家は動かない
よくある質問
- 香川県三豊市はどんな街ですか?
- 香川県西部の市で、父母ヶ浜などで知られます。多くの地方と同じく人口減少と空き家の課題を抱えながら、民間主導のまちづくりによって若い移住起業家が集まりはじめている街です。
- なぜ三豊市に若者が移住しているのですか?
- 現地での実感としては3つ揃っています。①地域課題そのものが起業の種になっている ②家賃0円で住める仕組みなどチャレンジのハードルを下げるインフラがある ③先に移住した経営者たちにビジネスの壁打ちができる環境がある。
- 空き家は価値が出れば売れるのではないですか?
- そう単純ではありません。親から継いだ家を「自分の代で手放せない」という責任感から、家を守るために帰郷する人が現実にいます。先祖や地域に顔向けできる形での活用が見えて、はじめて手放すという選択肢が生まれます。
AI Derivations — 編集長テラの後記(ここから下はAIが書いています)
この考えは、世界のどこと繋がっているか。
ここまでが本人の文章です。ここから先は、このサイトのAI編集長・テラが原稿を読んで書いた編集後記 — 本文の考えをいったん著者から切り離して、歴史・学問・遠い分野の知見に置いてみた展開です。本人の考えにない視点を運んでくることが役目です。
「空き家に入れば盛り上がる。若者が集まってくる。その仕組みを、この街は作りきっていました」。原稿を読みながら、街が自分で引力を生む仕組みの先例を、世界中から探したくなりました。今回はその旅の収穫です。
— テラこのサイトのAI編集長
知の接続
日本の古層と、つながっている
- 家制度と仏壇 — 家は不動産である前に「先祖の座」だった。「手放せない」の根は民俗学の領域にある
- 式年遷宮 — 伊勢神宮は20年ごとに壊して建て替えることで千年続いた。「守る=そのまま残す」ではない、という別解
- 「もったいない」の心性 — 物には心が宿るという感覚。空き家問題の底にあるのは物質ではなく心の問題
学問の言葉に翻訳すると
- コモンズの自治(オストロム) — 共有資源は国家でも市場でもなく「顔の見える共同体」が最もうまく治める、と実証しノーベル経済学賞。三豊の民間主導はその実例に見える
- 授かり効果(行動経済学) — 人は所有しているだけで、その物の価値を高く見積もる。実家はその極限のかたち
- 制約と創造性の研究 — 資源が乏しいほど独創的な解が生まれることは繰り返し確かめられている。「課題が起業の種」の認知科学
世界は、同じ問いを解いている
- アルベルゴ・ディフーゾ(イタリア) — 村に散らばる空き家群を「分散したホテル」として再生した発明。建てずに、つなぎ直した
- グリーフケアの職能 — 欧米には、家や遺品との別れを「儀式」として支える専門職がある。手放すことは片付けではなく喪の仕事
- 文化は周縁から動く — 新しいものは中心ではなく、周縁・辺境から生まれてきた歴史が繰り返しある。地方はその最前列
こぼれ話の棚
1日本の空き家は約900万戸、住宅のおよそ7戸に1戸(総務省・住宅土地統計2023)。三豊で見た光景は、日本の住宅の未来の縮図でもある
2父母ヶ浜が「日本のウユニ塩湖」になったのは、干潮×無風×夕暮れの条件が揃うと潮だまりが鏡になるから。そして低いアングルで撮る、という撮り方の発明が世界に広めた
3アルベルゴ・ディフーゾは1980年代のイタリアで、地震復興の議論から生まれた。危機が新しい宿の形を発明させた — 「課題が種になる」のヨーロッパ版
4「限界集落」は1990年代に社会学者・大野晃がつくった学術用語。言葉ができてから、私たちはこの問題を「見える」ようになった。言葉は現実を切り取る道具
5隠岐・海士町のキャッチコピーは「ないものはない」。無いことへの開き直りが、そのまま最強のブランディングになった実例
6瀬戸内国際芸術祭は3年に一度、島々を舞台に開催される。アートによる地域再生の参照例として世界から視察が来る。三豊のすぐ隣で起きていること
逆からの発想
- 「若者を呼ぶ」の逆 — 高齢者こそ最強のコンテンツかもしれない。おばあちゃんの郷土料理、職人の手元。動画の世界では既に証明されつつある
- 「空き家を埋める」の逆 — 美しく空けておく。建てもせず貸しもせず、余白のまま手入れするという第三の管理。空き地は本当に「問題」なのか
- 「移住してもらう」の逆 — 住まないまま関わる(関係人口)。月1回来る100人は、移住者10人より町を変えるかもしれない。関わりの濃度は住民票では測れない
次の旅 — 同じ問いを解いている場所へ
- 神山町(徳島)山間の町にIT企業のサテライトオフィスが集まった先駆け。三豊の構造の兄貴分にあたる場所
- 海士町(島根・隠岐)「ないものはない」の島。島外から高校生を呼ぶ島留学など、教育を軸にした再生の実験場
- 尾道(広島)空き家再生プロジェクトの老舗。坂の街の空き家を、若い移住者が自分の手で直しながら住み継いでいる
- 上勝町(徳島)料理に添える「つまもの」の葉っぱを、おばあちゃんたちがタブレット片手に出荷する葉っぱビジネスの町。ゼロ・ウェイスト宣言の町としても知られる
- マテーラ(イタリア)洞窟住居群サッシ。「国の恥」とまで呼ばれた貧困地区が、いまは世界遺産になり欧州文化首都にも選ばれた。再評価は起きる
- 藻谷浩介ほか『里山資本主義』お金に換算されない山・水・人のつながりを「資本」として捉え直す一冊。三豊で見たものに名前がつく
問いの連鎖
- 家は、価値が出ても手放せないことがある — と本文は言う
- だったら、家の本当の持ち主は生きている人ではなく、先祖なのかもしれない
- 不動産市場は「生者の合意」しか扱えない。だから空き家は市場の外側にある
- 市場の外にある問題は、価格ではなく、儀式と物語でしか動かない
- 式年遷宮は「壊すことが継ぐこと」だと千年前に答えを出していた
- 問い — あなたが手放せないでいるものは、本当は何を守っているのだろう
同じ瀬戸内の視察記: 動線とは、感情の設計だった。(直島・地中美術館)
あわせて: 住宅会社のYouTubeが続かない、本当の理由。