雲龍院で感じた、日本的な空間設計と仕事のフェーズ

京都の雲龍院で感じた、日本的な建築や空間設計の原点。自然とのつながり、ノイズを減らす設計、そして年齢と仕事のフェーズについて考えた記録。

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雲龍院の庭を望む室内と瞑想石の休憩所

京都の「雲龍院」へ。

京都駅からタクシーで15分程度の場所なので、京都に仕事で行った帰り、新幹線に乗るまでにちょっと時間が空いたら、くらいでも行ってみて欲しい場所です。

受付での参拝料は400円ですが、1000円で「お茶付きコース」もあり、断然そっちがおすすめです。お抹茶とわらび餅をいただける休憩所から見る景色が最高です。

何枚目かの写真に入れていますが、「瞑想石」という石に足を乗せ、深呼吸をしたり、風に吹かれる葉っぱの揺らぎを見たり、落ち葉を眺めたりしているだけで、最高に心地よい時間が流れます。

春先から紅葉の季節にはぴったりですし、冬場でも、もし雪が降っていたりしたら最高だと思います。タイミングによっては夜間ライトアップもあるようなので、何度も足を運びたくなる場所。

そんなに有名なスポットではないので、あまり人がいないのも最高に良いおすすめポイントなのです。

雲龍院の座敷から見える庭の丸窓と障子 瞑想石の案内が書かれた雲龍院の掲示 雲龍院の庭に面した畳の部屋と赤い敷物

日本的建築、空間設計の始祖

さて、京都の寺に行って思ったことですが、日本的建築、空間設計の始祖を感じたような体験となりました。

というのも、この「雲龍院」は1372年に創建された建物のようです。

豪華な建造物や家具、調度品などがない時代に、どう魅せるか。人が落ち着けて、美しいと感じる空間にどう仕立てるか、どう設計するか。

その時の答えが、「外部空間とのつながり」「自然との調和」をどうとるか?なんだと思いました。

そのために極力ノイズを減らした収まりや部材を使っているし、設計されている。

1000年近く前からそんなことを考えて、建物を作っていたんだ!って思うと、すごいなぁって思いました。

制約の中で世界観を作ること

もちろん今よりも材料も限られるし、予算も限られるし、できることも限られる。※現代と比べて

そんな中で、「こんな世界観が作れている。」って思うと、すんげぇなって思うんです。

ってことは今だったら、そのノウハウや知識、技術があれば実現できるんだろうなって思います。

ただ、断熱や気密、住環境を完全に無視した空間なので、逆に今はこれをやる方が高くなるんでしょうが・・・。

自宅を考える時は、「そんな空間作りの発想がしたいな」。って思いを馳せる瞑想タイムでした。

うーん。。

雲龍院の障子越しに庭を切り取る窓と赤い敷物 雲龍院の室内で深くお辞儀をする子ども 雲龍院の廊下に光が差し込む木造空間

興味が変わるということ

齢35にして、「寺」「庭園」「美術館」「アート」「健康」「旅」に興味が出てきたわけですが、着実におっさんになっていっているって思います。

これって「時代の問題」じゃなくて「時期の問題」なのか?それとも「個人のフェーズの問題」なのか?その辺が気になります。

このまましっかりと「相撲」と「演歌」と「歌舞伎」に興味が出てくるのか?

自分も順当に歳をとっていて、若者と会話が合わなくなっていくってことを実感します。

自分自身が商品のビジネスには、適正年齢がある

自分自身から生まれるビジネス、自分自身が商品のビジネスには「消費期限」があると思っていまして、適正年齢ってものがあると思っています。

野球選手なら30代前半。一般的な価格の注文住宅の営業なら、20代後半から30代後半が全盛期。

「マーケティング」も対象の消費者と年齢ギャップがありすぎると、かなり難易度が上がってきます。

わかりやすく想像すると、僕が「女子高校生」にバズらせる企画は絶対に生み出せないし、もしできても再現性もないし、偶発的なことになります。年齢が20歳離れているからです。

ってことは、「30歳女性」がターゲットの商品に「50歳男性」の考えるマーケティングは刺さらない。って思う方が正常な考え方です。

「イチロー」や「カズ」は外れ値です。

引退するか、監督かコーチにならないといけません。

仕事のフェーズをスライドしていく

だから「自分自身目線」で言うと、仕事のフェーズをスライドしていかないとならないし、「企業目線」で言うと、「若者」を入れて新陳代謝していかないとならないです。

老いに対して、どう向き合うか?も重要なテーマです。

私も御多分に漏れず、仕事のあり方や、フィールドも徐々に変更しながら、自分と同じ価値観の人にマーケティングしていくようにスライドしていこうと思います。

#お辞儀が深い 2歳児